冷凍都市のハルキゲニア

2つの世界を行き来する生物が書いたくそ日記だよ。わーい。

A世界#2

一日を振り返ってみよう。

朝、セットした目覚ましよりも早く目が覚める。起き上がるのが気だるくてとかではなく、起き上がってしまうと奇怪な世界と何時間も相対しなければならず、それが恐ろしくて体は自然に布団に潜り込む。しかしながら目覚ましが鳴るまでの1時間弱の時間を熟睡することもできず、中途半端に覚醒した状態で結局目覚ましに定刻に叩き起こされ、布団から這い出す。

相変わらず胃の中では大蛇が暴れ、気持ちが悪い。食欲は無い。昨日は夕食が遅く、酒を飲んだせいもあるかもしれない。思考が落ち着くまでしばし夢遊病患者のように部屋の中をうろつき、ベッドと机の狭いスペースに腰を落とす。洗浄液に浸されたコンタクトレンズを取り出し両目に着ける。

無精髭を剃り、シャワーを浴びる。外では小さい子供の遊び声が聞こえる。

体を洗い覚醒しても、食欲は湧かない。服を着、デンタルフロスで歯の間に挟まった垢を取り除く。自分の体から出たものとは信じ難いほど醜悪な匂いがする。消毒用アルコールで口を濯ぎ、歯を磨く。同時に湯を沸かし紅茶を淹れる準備をする。

紅茶を飲みながら適当なWEBサイトを眺める。こういう時の時間の流れは速い。

乗らなければならない電車の時間が迫り、家を出る。本来は空き缶、空き瓶、ダンボールを全て捨てなければならないが、ビニール袋に突っ込んだ数日分の空き缶と手持ちで持てるだけの酒瓶を握り、鞄を肩からかけて家を出る。階下のゴミ捨て場にビニール袋と瓶を捨て、駅まで歩く。

この付近は学生街で、今日はその大学の1限に合わせて登校する学生と時間が被ったらしく、駅から大学のキャンパスを目指す学生の集団とすれ違う。心なしか、皆目が活き活きとしているようだ。

行き違いで駅まで歩く通勤者がスムースに歩けるよう、「xx大学」の腕章をした初老の男性警備員2人が、腕を一杯に広げ、学生の集団と通勤者の境目に立ち、「ダム」の役目をしていた。

初老の男性のうち1人は、どこを見つめているのかわからないうつろな目で「壁から離れて歩いてくださーい」ときっちり一定数秒の間隔でアナウンスしていた。

「壁から離れて歩いてくださーい」

「壁から離れて歩いてくださーい」

彼は何を見ていたのだろうか。頭の中では何を考えていたのだろうか。彼の目にはこの朝の駅前の風景はどのように映っていたのだろうか。

そういうぼくは学生の集団とは逆方向に歩きながら、どのような目をしていたのだろうか。

そういう事を考えながら駅に向かって歩いていたら、ぼくは何とも言えない気持ちになった。単純に悲しいとか、怒りとか、そういう感情ではない。前途有望な学生とうつろな目の初老の男性の対比とか、そういう単純でわかりやすいヒロイックなものでもない。ただただ何とも言えない気持ちになった。そうして不思議とぼくのなかには「壁から離れて歩かなければならない」という言葉の残響のような、なにかどろっとしたしこりのようなものが、へばりついて残ろうとしている。なぜこの気持ちは言葉で言い表せないのだろうか。

電車の中では音楽を聴いているとあっという間に時間が過ぎる。

都心にある職場の最寄り駅に着き、街中を歩いているときには、さっきの何とも言えない気持ちは何故か綺麗さっぱり消えうせていた。都心の街中はただただ汚く、醜悪で、無感動で、無意味だった。

そこからはあまり記憶はない。ただただ仕事をしていた。とても人間らしく、焦った顔と笑顔とふざけた顔を織り交ぜながら、仕事をしていた。

無感動に夜の都心の繁華街を通り抜け、電車に乗り、地元駅に着く。スーパーで食料を買って帰る。帰りが少し遅くなったせいか、朝は学生の集団でごった返していた駅周辺は既にひっそりとしていた。